「買取り」は通用しない ― 出演料・使用期間・更新で読み解く肖像権の実務
出演料は使用期間×媒体×ランク。一年・更新・二次使用・競合排除・再利用クリアランスまで、肖像権の運用精度を一段上げるための実務メモ。

広告制作の現場で「出演料はいくらか」を即答できる人は多い。けれど「その金額が何の対価か」を、媒体・期間・更新の三点で正確に詰められる人は、思いのほか少ない。海外ブランドが日本で躓くのはたいていここだが、国内の作り手にとっても、肖像の利用条件は「なんとなく一年」で流してしまいがちな領域だ。
この記事は基礎の説明ではない。出演料の組み立て、更新のリズム、二次使用、競合排除、そして見落とされがちな再利用クリアランスの落とし穴まで、運用の精度を一段上げるための覚書として書く。
はじめに一言。以下は実務慣行に関する一般的な情報であって、法的助言ではない。具体的な権利関係は契約と利用態様の事実次第で変わる。金額や リスクが大きい案件では、弁護士や所属事務所に確認してほしい。
出演料の基本式 ― 使用期間 × 媒体 × ランク
実務上、肖像の出演料は次の三要素の掛け算で動く。
出演料 = 肖像使用期間 × 媒体 × モデルのランク。
当たり前に見えて、この式を全員が同じ解像度で共有できているかどうかで、見積りの精度はまるで変わる。期間を延ばせば上がる。媒体を足せば上がる。ランクが上がれば上がる。逆に言えば、どこかを削る交渉も、この三軸のどこを動かすのかを名指しできて初めて成立する。
一年・公開起算・更新のリズム
使用許諾のベースラインは、公開(オンエア)から一年が一つの目安になる。永久ではない。
問題は更新のタイミングだ。延長は満了「後」に慌てて交渉するものではなく、満了前に動くもので、事務所への申し入れは期限の少なくとも一か月前を見ておきたい。そして延長使用料は決して名目的な額ではない。元の出演料に対して相応の割合、事務所によっては元の費用の五割から十割程度に達することもある。これも案件ごとに振れる前提で、固定ルールとして握らないほうがいい。
運用に落とすなら、契約と同時に「満了日」と「更新判断の起点(満了の一〜二か月前)」をスケジュールに刺しておく。広告が走り続けているのに権利だけ切れていた、という事故はこれで防げる。
「買取り」は基本的に存在しない
海外から持ち込まれる前提で最も噛み合わないのが、この点だ。日本では期限の定めのない「買取り」(永久・全媒体の一括取得)は、ほぼ存在しない。事務所は永久の権利譲渡を断るのが通例だと考えてよい。
買取りに近い取り決めが成立する場合でも、それは相場から大きく外れた割増の例外であって、年間使用料の何倍といった水準を前払いする、というような話になる。海外のプロデューサーに「買取りで」と言われたら、これは日本の市場設計に合わないと早い段階で伝えておくほうが、双方のためになる。
二次使用と再利用クリアランスの罠
使用許諾は媒体ごとに切られている。「Web限定」で許諾したものは、雑誌にもテレビにも当然には及ばない。範囲外で使えば、それは値引きでも黙認でもなく、二次使用料の交渉対象、最悪は権利侵害になる。
ここで国内案件でこそ起きやすいのが、再利用クリアランスの抜けだ。過去に撮影した素材を別媒体へ転用するとき、あるいは校了直前に「あのカットを使い回そう」となったとき、その肖像の権利が今もクリアかを確認しないまま進めてしまう。
校了前・転用前に、権利が生きているかを必ず確認する。モデルが既に事務所を離れていることもある。
所属が変わった、契約が満了していた、というケースは珍しくない。撮影時点の許諾が永久に有効だという思い込みは、転用の場面で最も高くつく。

競合排除 ― 効くが、潮目は軽くなりつつある
競合排除は見積りを大きく動かすレバーだ。一定期間、競合ブランドでの起用を止める拘束には相応の対価がかかり、基本料の二〜三倍以上に振れることもある。必要かどうか、誰に対して、どれくらいの期間かを、最初に決めておきたい。
一方で、競合排除をめぐる条件は以前ほど一律に重くはなく、全体としては軽くなる方向にも見える。だからこそ、慣行を鵜呑みにせず、案件ごとに本当に必要な範囲だけを取りにいくのが、コストの面でも合理的だ。
法的な裏づけ ― 肖像権・パブリシティ権・顧客吸引力
「なぜ許諾がいるのか」を法的に詰めると、ここで効いてくる権利は制定法ではなく判例法だという点に行き着く。いずれも人格権を土台に、憲法十三条・民法七〇九条に根を持つ。
- 肖像権は、本人の承諾なく容ぼう等を撮影・利用されない利益を守る。
- パブリシティ権は、著名人の氏名・肖像が持つ顧客吸引力を排他的に利用する権利を守る。
判断枠組みの軸になるのが、最高裁のピンク・レディー事件判決(平成24年〔2012年〕2月2日)だ。最高裁はパブリシティ権を法的権利として初めて正面から認め、侵害の基準を示した。肖像等を無断で使う行為は、①肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使う、②商品等の差別化を図る目的で肖像等を付す、③肖像等を広告として使う、というように、専ら顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合に、不法行為法上違法となる。記事として読者の記憶を喚起する程度の通常の利用は、侵害には当たらない。
広告は、この基準の「広告として使う」にまさに当たる。だからこそ、許諾の有無・媒体・期間が、キャンペーンと紛争の間に立つ最後の線になる。
なお、永久の権利付与が好まれない構造的な理由もここにある。パブリシティ権は人格に由来し、一般に譲渡になじまず、本人の死亡で消滅すると解されている。本来売り切れず、本人より長く残らない権利は、「永久に保有する」という契約と相性が悪い。買取りが根づかなかったのには、こうした法的背景もある。
運用チェックリスト
見積りを動かさないために、起用が決まる前に書面で固めておきたい項目。
- 媒体 ― Web、SNS、印刷、OOH、TV、店頭、パッケージ。使う可能性のある面をすべて列挙する。
- 地域 ― 日本国内が既定で最も安い。ワールドワイドは別物で、招聘モデルでは本国(欧州など)の価値に響くため特にハードルが高い。
- 期間 ― 公開起算で一年が目安。満了日と更新判断の起点を必ず記録する。
- 競合排除 ― 要否・対象・期間。必要なら倍率を見込む。
- 再利用クリアランス ― 過去素材の転用・校了前の使い回しは、権利が生きているかを必ず再確認。
この五点を握れていれば、出演料は「動かない数字」に近づく。曖昧なまま走ると、カメラが止まった後に、弱い側から交渉し直すことになる。


